あけましておめでとうございます。

わたしがどうしてツイッターはやるのにフェイスブックはやらないのか。最近よく考えます。

考えられる理由として、ツイッターはある程度は自分の都合の良い、欲しい、知りたい情報を選ぶことが出来る。のに対してフェイスブックは、(やっていないのでこれは完全なる勝手なイメージで、実際は違う部分もあるのかもしれませんが…)とりあえず知り合いであろう人たちと友達登録という名目?だけで繋がり、親しいレベルがバラバラの人間がそれぞれの価値観で好きなように記事を投稿する。それをただ閲覧する、いいと思えばいいね!もしくはコメントする。つまらないものやどうでもいい情報と欲しい情報がごちゃ混ぜ。

それらの記事の中にはきっと、自分にとって有益な情報はほとんど無いと予想されます(自分がやってたらという想定です)。ミクシイやってたときも思ってたんですけど、どうでもいい、とかつまらね〜、とかを親しい友人の記事とか見て思う自分がいてそれでもやっぱり他人の考えてることややった事などが気になってしまう。つまらないと分かっていながら見てしまう…そんな自分を客観的に見て嫌気がさし、ミクシイは2年程で退会しました。

要するに私はフェイスブックとミクシイを似たようなものだと思っているんです。おそらく似て非なるものなんだろうとは思いますが、そこはどう違うのかを分かりやすく納得いくように説明してくれる人が欲しいところです。今の所いません。


それに対してなぜツイッターは続けられるのか。先述の通りツイッターはある程度好きにカスタマイズ出来るんですよね。欲しいものだけを選べる。

分かりやすいのか分かりにくいのか分かりませんが例えるならば、私にとってツイッターは、好きなものだけが置いてある自分の部屋みたいな場所で、フェイスブックは外、というか社会?みたいな…「出来れば向き合いたくない現実」がそこにはあるような…気がしてます。怖いです。

なぜそんなふうに思うのか…なぜ…

つい最近、小学生の頃からのなが〜い付き合いの友人と会って喋った時に、なにかこう…今まで感じた事の無かった妙な違和感を感じたんです。
会ったのも数ヶ月ぶりくらいで間が空いていたわけでもなく、その日まで対等に…というか会話する上での違和感は一切感じた事が無っかたのにその日はなぜか実のある会話が出来なかったというか…別れた後に「たくさん喋ったけどあまり楽しくなかった気がする…」と思ったんです。

でもそう思ったのは私だけできっと相手は普段と何ら変わらないものであったと思います。

その時感じた違和感というのは、いわゆる社会人としてのレベルの「差」のようなもので
分かりやすくいうと私は専門学校卒業してから27歳の今までずっとアルバイトをしています。一方その友人は新卒で大手の旅行会社に就職し修学旅行の添乗に国内外を飛び回っています。公私ともに充実しているようです。

他人にも分かり易すぎる差ですが(笑)、その日私は、今更ながら思い知ってしまったんですね…
相手がどうっていうよりも、自分かいかに底辺にいるかっていうのを…。今までもそういった意味での差はあると自覚してましたがここに来てその差が今の私にとっていかに深刻か、というのを知ってしまったのです。遅っ

そう、そしてフェイスブックにはたくさんいるんです…公私ともに充実している人間たちが……
考えただけでゲロしそう。

だから私はフェイスブックをやらないんです。怖いから。


もちろんそういう公私ともに充実しているような人間にだって悩みや不安はあるでしょう。もちろん分かってますよ。ありますよそりゃ生きてれば。
しかし!そこにもある私と彼らの「差」とは一体なんなのか!?


それは…
「悩みや不安を打ち明けられる人間がいるか」です!いるんですよ彼らには絶対最低1人はいるんです!


そんでもって私にはいません。本当です。本当にいないんです。
それに加えて、彼らにとってのその「打ち明けられる人間」の中にも私は絶対に選ばれないんです。それはさすがに自分に原因があるとしか思えないので、仕方ないですけど。私って人を慰めたり、とか親身になって相談にのり尚かつ良いアドバイスをする、とかがとにかく出来ないんです。物心ついたときから出来なかったです。それをもうみんな感じ取ってるんでしょうね、あ、こいつではないな、話すのは。といった感じで。


あまりにもネガティブでないかい?と自分で思いますが、現実ですから…そろそろ己のすべてを受け入れなければいけない年齢です。知らんけど。
数年前に人生初彼氏が出来た友達に(聞いた時は付き合ってしばらく経ってたけど)、「彼氏がいるっていうのは、どういうこと?」といういかにもアホしかしないような漠然すぎる質問をしたんですね(いない時といる今とで何が違うのか聞きたかったのでしょう)、そしたらその子は「1番の味方がそばにいるって感じかな」って言ったんです。
その時は「へぇ〜」とか「ふ〜ん」という感じでいまいちピンと来てなかったんですが今それ思い出すと

いいなぁーーーー!超羨ましいんですけど!1番の味方超欲しい!!!って思いますね。


あ、あとフェイスブックって今フェイスブックを閲覧しているかどうかがわかるって聞きましたよ!怖い!


しかし悩みなどを打ち明けられる人間がいないとなると…なかなか生きているのが難しいのでは?と思うところですが。なんででしょう?今の所は元気に生きてます。
元気っていっても別に「楽しいな」だなんて思って生きてないですよ、ほとんどの日が「死にたい」って思ってますよ。でもそれ自体はなんら珍しい事ではないと思っているので特別なことではないですよね。普通だと思ってます。

私って自分でいうのもアレですけど案外自分の事を客観的に見るのが得意っていうか、出来るんですよ。今の自分、本当に愚かで惨めで馬鹿だなあ…って思います。他人事のように。
何かに迷ったとき、悩んだとき、自分は自分に相談します。大抵のことは自分がどうすればいいか教えてくれます。そのさき何が起きても自分のせいだから自分以外責められませんよね。楽ですねー。

そういえば私、今年の抱負として「脱バイト」というのを考えてまして、まあ書店員はバイトからいきなり正社員になれることはほぼありませんので、契約社員という事にはなると思いますが。いま希望しているところで募集が始まったら応募してみますよ。
今日まで気付かなかったんですけど契約社員になったらもしかして私、「就職」したってことになるんですか?そしたら私この歳にして人生初就職ですよ!怖い!就職怖い!想像がつかない!社員になった瞬間からありとあらゆる責任が私に降り掛かってきそうだ…怖い…きっと押しつぶされて死ぬんだ…プレッシャーに押しつぶされて圧死するんだ。


まだ就職してないのに。


ここにきて冒頭のツイッターがなんたらの話に少し戻りますが…
ツイッターは自分の部屋のようなものというような記述をしましたよね。それはそうなんですけど、あの、そもそも私ブログにお知らせ以外の記事を書く時って(とくにここ最近は)、ものすごいなにか嫌な事があった時なんですよ。バチバチとキーボードを打って、人に言えないかわりにここに吐き出すと少し楽になる…気がする…ような?まあでも何でも書けるかっていったら違いますけどね。

で、その自分の部屋のような、心地の良い場所であるはずのツイッターが私にとって少し息苦しい場所になりつつあるんです。
なぜ、というのはそれこそあまりにも個人的な理由過ぎて書きませんけど…ここも見てる人が殆どいないとはいえ公共の場であるという事には違いないので…カットカット。

だったらやめれば?って思ってます。でも、今の私にとってツイッターは結構な情報取得の場で、無くなっちゃうと、え、じゃあ私これからどうやって知りたい事知ればいいの?キョロキョロ…みたいな状況に陥りそうなんです。困るんですそれは。

なので、もし本当にもう無理だなって思ったらツイッターはとりあえず退会して、すぐにアカウント登録して好きなアカウントだけまたフォローし直す、ってのを考えてます。めんどくさいけど…


どうですか、今までで最長の日記になったような気がしますよ。他人が読む気がなくなるようなどうでもいい事をだらだら書いたただ長いだけの日記になってます?なってたら成功!
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2014-01-10 : 日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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Author:ナオ
主にCOMITIAで漫画売っています。
サークル名は「みみナリ」です。
来てください。
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